木を読む、地形を読む、生き残りを読む。
林業従事者 田尻愛海が語る“山で働く現実”。

───── 林業従事者 田尻愛海

林業に馴染みのない人には想像しづらいが、
田尻愛海の仕事は“山をつくる”ところから始まる。

林業には植えて育てる側と、育った木を素材として収穫する側がある。その中で田尻は伐採を専門とする「素材屋」だ。山に入った瞬間から、まずは土場をつくり、木を集め積み込む場所を確保するところから仕事が始まる。それを踏まえて作業道を引き、収材しやすい方向へ木を倒すルートをプロの判断で設計していく。すべての工程に地形と木の癖が絡み合い、簡単な作業はひとつもない。

伐採は林業で最も危険な工程とされ、
田尻も入職4日目にその恐ろしさを体で知った。

本来なら木は斜面の下へ倒れるが、その日は丘側へ倒す必要があった。田尻はその違いに気付かず、倒した瞬間に逃げずに立ち止まってしまったという。跳ね返った木の先端が胸に当たり、体は数メートル吹き飛ばされ斜面を転げ落ちた。元パーソナルトレーナーとして鍛えていた背筋で“体をロック”できたから助かったが、全身打撲の事故だった。経験の蓄積以前に、命を落とす可能性が常に隣り合わせにある仕事だ。

伐採に適した季節は限られ、
山の状態と木の水分量が作業性を左右する。

木の水分が抜けてくる10月から11月は良材になりやすく、冬場は本格的な作業期となる。逆に5〜6月は水分が上がり、樹液も増えるため滑りやすく危険度が上がる。乾燥機の普及で年間を通して伐採は可能になったが、夏場の木は重く、道は泥で滑り、作業効率は格段に落ちる。それでも現場は止まらない。田尻は「やりづらいけれど、やれないわけではない」と淡々と語る。

冬の現場は寒さとの戦いであり、装備の重さがそのまま作業精度に影響する。

田尻は暑さには強いが、寒さは極端に苦手だという。冬は厚着せざるを得ず、汗をかけば冷えが増す。重い装備は踏み込みの力を奪い、ただでさえ危険な斜面作業に負担を積み重ねる。さらに林業は午前は伐採、午後は重機といった具合に作業内容が大きく変わり、汗冷えは命取りになりかねない。衣類管理は「ただの快適性ではなく、生き残るための要素」と田尻は話す。

その意味で、今回支給された防寒ウェアは“軽さ”と“暖かさ”の両立が印象的だったという。

田尻は以前から住まい用の防寒着を代用していたが、今回のウェアは動きやすさがまるで違った。「冬なのに夏の軽装で動ける感覚」と表現するほど、上半身の負担が軽く、保温性も高い。暑くなるイベント作業でも蒸れず、重さが作業を邪魔しない。林業従事者の多くが“モコモコの重装備”で動き辛さに悩む中、この軽さは大きな武器になったと言う。

田尻が強調するのは、汗の処理と保温のバランスが安全性を左右するという現場の現実だ。

午前の伐採で汗をかき、午後は暖房のない重機作業に移ると、一気に体が冷えガタガタ震えることもある。冷えた状態での操作ミスは重大事故につながる。さらに冬道は泥で滑り、体力の消耗は早い。だからこそ「必要な場所だけ温かく、汗は抜ける」ウェアが求められる。単なる防寒着ではなく、危険を未然に防ぐ装備の一部なのだ。

男性中心の林業の中で、女性が働き続けるための課題も田尻は率直に語った。

山梨県では林業従事者500人のうち女性はわずか4人。全国でも女性で素材伐採に携わる人はごく少数だ。理由のひとつは環境整備の遅れで、特に「トイレ問題」は大きい。田尻は自分で仮設テントを持ち込み、改善の声をSNSで発信している。女性が増えれば制度も変わるはずだと語るその姿勢は、現場の当事者だからこその重みがあった。

厳しい環境と高い危険性を前提に、それでも田尻は現場に立ち続ける理由を持っていた。

伐採は単に木を倒す仕事ではなく、地形を読み、材の価値を見極め、重機とチェーンソーを自在に使い分ける複合的な技術だ。田尻の現場は3人で年間7300立方を出すほど効率が高いが、その裏には地道な鍛錬がある。枝の落とし方、倒す方向、材の長さの見極め。そして何より、山を知り、木を読む力。危険を承知のうえで、彼女は今日も山に立ち続けていた。